utsurobune’s diary

短歌を発表してます。

一人百首:21

寒い。寒くて眠い。

あいつがきやがった。1月後半から場合によっては4月上旬まで居座ることのあるいたずらっこ妖精・サミーとネミーである。兄のサミーと妹のネミーの仕業で人々は外出するのに必要以上にスタミナを使うのであった。

引越しをした。人は一生のうちに何回引っ越すんだろう。住む環境そのものが大きく変わるような引越しは人生で一回くらいの人が多いだろうが、自由業の人なんかだところころ住む家が変わるというのもあるだろう。仕事はもちろん食べる寝る遊ぶ休む近隣住民太陽の当たり具合健康面etcetc...。ライフスタイルがごろっと変わる経験である。

高速バスを降りてすぐ、僕を眠気が襲った。バスの中では非常に早い起床時間のため、生活リズムがまだ遅い深夜の時間帯に位置していたのだろう。事前にダウンロードしたポッドキャストを聞いていたのだが、目的地に着き、太陽の光を浴びたときに懐かしさがある眠気が襲ってくる。これはこの場所が、というよりここで暮らしてきた経験からパブロフの犬的に生まれたものだろう。この町でしょっちゅう昼夜逆転しては大学の始業時間ギリギリアウトかセーフ(アウトのほうが多かった)したり、何もすることがない日はそのままムダ寝し、夜になると爬虫類のように動き出し、一人でじっとして過ごすかネット上の友達と話すかするという犯行前の容疑者の生活をそのままトレースしたものを送っていた感覚に襲われたのではあるまいか。

高速バスを降りて下宿先へと向かうバスにまた乗る。僕の下宿先は最寄の駅に行くまでかなり離れているからそのためのバスに乗らなければいけない。けっこう不便だ。高校時代もずっと登下校で公共交通機関を使わなかった僕にとっては電車での通学は憧れだった。「定期切れちゃった~」という巷のうわさを羨望のまなざしで見つめていたものだ。住めば都とはよくいったもので、数年たった今では歩いていける範囲の距離に必要なものも大学も情報も遊び場もあったというのはいい環境だったんだなあと思う。

バスを降りる。もう見ることはないだろう景色を見る。これまでは日常の風景だったものが見ることがない景色だと考えると奇妙だ。僕は大学への進学を機に引っ越して一人暮らしをしていた。僕が高校までを過ごした町は「生まれた場所」、大学生活を過ごした町は「育った場所」だと勝手に思っている。通常通り育ったわけじゃないが。

 

無事引越しは終わり、大家さんの点検もすみ、今度は帰りのバスに乗る。また見慣れた風景だ。僕は上からのバスの断面図を想像する。運転手がいて、おじいちゃんおばあちゃんがいて、子連れの家族がいる。外へ出るたびに気分が晴れる理由がこれだ。それぞれのドラマがある人たちが一箇所に集まり、またそれぞれの持ち場へと戻っていく様を考えるのが楽しいのだ。

帰って下宿先より大きい風呂に入る。サミーとネミーのせいで風呂場のお湯はぬるくなり、外にでる機会を見失う。1から100まで肩までつかって数えるというのをやってみる。結論。あれは子供に押し付けないほうがいい。大人でも相当長く感じる。わんぱくな子供ならなおさらだろう。もしも僕に子どもができたらその間中話をしよう。どうせそのうち入れなくなるのだろうから。

風船に 乗って水平線のさき 行ったとしても 欲求不満

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